スイスに集まるたばこ大手 国内外の規制に強い影響力
たばこ規制枠組み条約(FCTC)の第11回締約国会議(COP11)が2025年11月、スイス・ジュネーブの世界保健機関(WHO)本部で開かれた。世界3大たばこメーカーが拠点を置くスイスは同条約を批准していない。たばこ業界は国際規制にもスイスの国内政策にも強い影響を及ぼしている。
おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
WHO本部があるジュネーブは世界的な禁煙運動の中心地だ。11月17日~22日にはたばこ規制枠組み条約の第11回締約国会議(COP11)外部リンクが、同月24日~26日には同条約の実施を具体化する「たばこ製品の不法な取引の根絶に関する議定書」の第4回議定書締結国会合が同地で開かれた。
たばこ規制枠組み条約(FCTC)は、「たばこによる害の世界的な蔓延」を終わらせるよう締約国に義務づける。法的枠組みを提供する他、たばこ製品の包装に表示される健康警告、喫煙禁止法、たばこ製品への増税など、一連のたばこ規制措置を規定する。
WHOの主導で交渉された最初の条約であり、国連史上、最も広く受け入れられている条約の1つだ。2025年に発効20周年を迎えた。締約国は183カ国。スイスは2004年6月に署名したが、批准していない。
同条約事務局長代理のアンドリュー・ブラック氏は閉会時の記者会見で、COP11では「いくつかの重要な決定がなされた」と発表し、「これらの決定は、条約の実施を強化し、(中略)今後数年間で何百万人もの命を救い、たばこによる環境被害から地球を守ることに貢献するだろう」と述べた。
その中には、たばこ製品や派生製品の廃棄物による環境汚染対策、国連施設全域におけるたばこ製品および電子たばこの禁止が含まれる。各国がとるたばこ規制措置への資金援助の重要性も再確認された。
たばこ業界の影響下にある締約国会議
期限内に合意できなかった2議題は、2027年にアルメニアで開催予定の第12回締約国会議(COP12)に持ち越された。条約事務局の上級法律顧問ケイト・ランナン氏は、これらの議題は、各締約国がニコチン依存症対策を実施し、このような対策をたばこ業界の利益や「有害性の低減という詭弁(きべん)」から守る義務に関するものだと説明した。
ここで同氏が指摘したのは、例えば加熱式たばこ製品は紙巻きたばこよりも健康への悪影響が少ないという、たばこ大手の主張だ。COP議長のドレ・レイナ・ロア氏は、「たばこ産業は(中略)独自の商業的観点から情報を提供しているが、健康への権利や(たばこ規制枠組み)条約とはまったく相容れないものだ」と強調した。
ブラック氏は、たばこ規制枠組み条約が世界規模で効果的な規制を実施するうえで、「たばこ産業による信じられないほどの干渉」が依然として大きな障害の1つだと指摘した。また、たばこ産業がCOP11に強い関心を示し、交渉を左右しようとしていたとの報告があったという。
欧州連合(EU)のある国の代表部メンバーは、EU問題に特化したメディアネットワーク「Euractiv」の取材に対し、「多くの代表部が(たばこ産業から)説明を受けていたようだ。同じ主張を、時には一言一句違わず繰り返している」と述べた。
Euractivの記事によると、COP11の開幕早々、いくつかの小国が相次いで、たばこメーカーの提唱する「リスク低減」の主張を展開した。
世界中に影響力を及ぼすたばこ業界
各国政府によるたばこ規制策に対するたばこ産業の干渉と影響を評価する「世界たばこ産業干渉指数」2025年版外部リンクは、たばこ産業による干渉は世界で衰えるどころか攻撃性を増していると指摘する。
11月中旬に発表された同報告書によると、たばこメーカーは、投資や雇用、自社施設への招待視察、企業の社会的責任に関する取り組みなどを約束して、多くの国の政策決定者に働きかけ、政策の策定や実施に積極的に介入しようとしている。
多くの政府がこの圧力に屈している。たばこ産業の影響力は、評価対象100カ国のうち、ほぼ半数の46カ国で強まっている。スコアが改善したのは30カ国強。たばこ産業の干渉を受けないよう新たな措置を採用、あるいは既存措置の実施を強化したのは18カ国だけだった。
最後尾のスイス
「世界たばこ産業干渉指数」2025年版で、スイスは最下位のドミニカ共和国に次ぐ悪い結果だった。スイスのスコアは、2021年の92、2023年の95、2025年の96と悪化の一途をたどっている。
ここで忘れてはならないのは、たばこ規制枠組み条約の事務局がスイスにあるにもかかわらず、スイスは同条約の数少ない非締約国の1つという事実だ。だから、スイスは同条約には拘束されない。
スイスは2004年、同条約に署名したが、条約の要件を満たせず、批准には至っていない。国内の医療専門家が批准を要求する一方で、経済界はこれに反対している。
たばこ大手の本拠地
スイス経済にとって、たばこ産業の存在は大きい。スイスには長年にわたり、フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)、日本たばこ産業(JT)インターナショナルという業界最大手3社をはじめ、エッティンガー・ダビドフやビリガー・ゾーネといった葉巻大手も本社を置いている。
これらの企業はスイスに大きな税収と雇用をもたらしてきた。報告書「世界たばこ産業干渉指数外部リンク」によると、スイス西部ヌーシャテルにあるPMIの超近代的な研究開発施設をはじめ、これらの企業の施設には、外国の政策決定者が定期的に視察に招待されている。
政界との強いつながり
スイス経済への貢献に加え、たばこ産業はスイスの政界とも強いつながりがある。スイスインフォが2022年の記事(英語)で報じたように、スイスにおける民間企業と政治家の密接な関係が、ランキング低迷の主な要因だ。
スイスの利益団体を監視する組織で、世界たばこ産業干渉指数の作成にも貢献した「ロビーウォッチ」は、「連邦議会とたばこ業界ロビイストとの間には、驚くほど多くの直接的なつながりがある」と述べる。
ロビーウォッチの調査によると、連邦議会議員約30人がたばこ業界と直接または間接的な関係がある。中には、審議内容は非公開のたばこ規制委員会に所属する議員もいる。複数の議員が合法的に、連邦議会の制限区域への入構証を業界関係者に渡していた。
スイスの規則では、連邦議会議員が公職と並行して、さまざまな民間団体・組織から報酬を受け取ることが認められている。こうした利害関係は申告しなければならないが、報酬額を申告する必要はない。
欧州議会におけるロビー活動に関する規則はこれとは異なる。たばこ業界は、欧州議会でも積極的かつ合法的にロビー活動を行っている。しかし、ロビイストは「透明性登録簿」に登録し、ロビー活動の目的と金額、面会リストなどを申告しなければならない。欧州議会議員への金銭の支払いは、ロビー活動ではなく贈賄とみなされる。
たばこ規制が緩い国
一方、スイスには、たばこ業界が選挙の立候補者や政党に資金を提供し、政策立案に関与することを禁じる法律はない。そのため、2023年の連邦議会選挙では、右派の国民党(SVP/UDC)と急進民主党(FDP/PLR)がPMIから資金提供を受けた。
ロビーウォッチは、「イニシアチブ(国民発議)『子どもと青少年をたばこ広告から守るために』の実施において、たばこ業界のロビー活動が立法過程に及ぼす影響力が明らかになった」と述べる。2022年の国民投票で可決された同法案は、子どもや若者向けのたばこ製品の広告を禁止するもので、当時としては数年ぶりの注目すべき規制措置の1つだった。だが、ロビーウォッチによると、中核となる数項目が「骨抜き」にされた。
世界たばこ産業干渉指数には、こうした「スイスのたばこ規制法の弱さ」が反映されている。たばこ規制への取り組みを評価する「欧州たばこ規制評価外部リンク」の最新版(2021年)によると、スイスは最下位のボスニア・ヘルツェゴビナに次いで、欧州諸国でたばこ規制が最も緩い。
編集:Virginie Mangin、仏語からの翻訳:江藤真理、校正:宇田薫
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。